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名古屋高等裁判所 昭和43年(ネ)672号 判決

控訴人 不動信用組合

訴訟代理人 安藤久夫 外一名

被控訴人 山本建設株式会社 外八名

訴訟代理人 神谷幸之 外一名

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

二、控訴人は、

(1)  被控訴人山本よし子に対し 金二〇五、七六六円

(2)  同山本弘に対し      金二〇〇、〇〇〇円

(3)  同野崎重治に対し     金六一〇、一三五円

(4)  同宇野茂に対し      金四九一、八五〇円

(5)  同西川清一に対し      金三二、五五一円

(6)  同尾関鉦太郎に対し     金二六、九八一円

(7)  同尾関冨士子に対し     金二〇、〇〇〇円

(8)  同荒川学に対し        金三、〇〇〇円

および右各金員に対する昭和四四年四月一六日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三、控訴人は、

(1)  被控訴人尾関鉦太郎に対し昭和四四年八月末日限り金三六、〇〇〇円

(2)  被控訴人山本建設株式会社に対し昭和四四年八月末日限り金八一六、〇〇〇円

および右各金員に対する昭和四四年九月一日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

四、被控訴人山本建設株式会社の主位的請求および同尾関鉦太郎の主位的請求中別表(11)の定期積金払戻請求部分を棄却する。

五、訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

六、この判決は第二、三項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を全部棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は当審において請求の趣旨を変更し、主位的請求として主文第二項((6) を除く)および「控訴人は被控訴人尾関鉦太郎に対し金六二、九八一円、被控訴人山本建設株式会社に対し金八一六、〇〇〇円および右各金員に対する昭和四四年四月一六日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決を、予備的請求として主文第三項と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張並びに証拠関係は、次に付加するほか原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(被控訴代理人の陳述)

一、被控訴人尾関鉦太郎、同山本建設株式会社の主位的請求中定期積金払戻請求部分は、右預金の期限前解約によるものであり、予備的請求は期限満了によるものであるが、予め請求する必要があるので将来の請求として払戻を求める。

二、期限前解約の理由--定期積金規定第二条但書(当組合がやむを得ない事情があると認めたときは解約に応じ)により期限前解約のできる場合に相当する。すなわち、控訴人の業務停止に至つた事情は、控訴人組合役員の刑事責任を伴うような放漫経営の結果生じたものであり、従つてかかる場合、預金者が定期積金契約の解約を求めることは当然なことであり、前記積金規定第二項にいう「やむを得ない事情」に相当することは客観的に明らかである。又一般に預金者が解約の申入れをなした場合、定期積金の利息によらず普通預金の利息により解約に応ずることが金融機関一般の取扱方法であり、公知の事実である。附帯請求についてはそのうち年五分の範囲内で請求する。

三、控訴人の主張は全部争う。被控訴人らはいずれも控訴人の組合員ではないし、監督官庁の業務停止命令が預金者である被控訴人らの債権関係まで拘束するものではない。

(控訴代理人の陳述)

一、控訴人は、その監督官庁である愛知県知事より昭和四三年五月二七日協同組合による金融事業に関する法律第六条において準用する銀行法第二二条の規定に基づき預金の受入およびその払戻(利息を含む)等に関する一切の業務停止命令を受けたので、右命令は、次の理由により控訴人のみならず、その組合員である被控訴人らにもその効力を及ぼすから被控訴人らは控訴人に対し預金の返還を求めることはできない。

(一)  控訴人の性格は、中小企業等協同組合法に基づいて設立された信用協同組合であり、組合員が経済活動の基礎である金融確保の相互扶助を目的として組合員のみを対象として金融事業を営む組合である。

(二)  銀行その他の機関による金融事業が現在の経済界において果す役割は論ずるまでもないことであり、その公共的性格のために健全な事業運営、適正な財産の確保、債権者の公平な保護等を目的としてその設立から運営、清算に至るまで種々の法的規制を受け、行政上の監督に服しているのである。銀行法は右のごとき配慮のため制定された法律であるといつても過言ではない。同法のうち特に第一九条ないし第二六条の規定は銀行に対する行政的監督的機能を定めたものであり、信用協同組合に対しても金融事業を営む点で同質であるため、同規定が準用されているのである。

(三)  そこで銀行法第二二条による業務停止命令が金融事業監督のための行政命令の一態様であることは明文上明らかであるが、さらに業務停止命令の内容として、新規取引に属する業務の停止は勿論、先例上預金の払戻等既存業務一切の停止をも命じうるものとして解釈運用されている。

そもそも、右規定において行政庁が業務停止を命ずるのは、「業務又は財産の状況により必要」あるとき、換言すれば業態の不良、資産の悪化等により金融事業の適正な運営が危惧されるときを指すことは明らかであり、これが適用される場合としては、(1) 業務を停止して整理した後、再開しうる見込のあるとき、(2) そのような見込がなく解散等事業の閉鎖消滅を前提としてその保全措置を要するとき、(3) 右のいずれにあたるか明らかでないとき等が考えられるが、いずれにしても、その目的は債権および担保権等資産を確保し、預金者(出資者)の公平な保護にあるものと思われ、さらに同法は右目的のために整理の状況によつては、行政庁が事業の解散を命ずる場合をも予定しているから、公平のために行政命令による私権の制限を認めたものと解釈すべきである。

(四)  従つて、控訴人に対する愛知県知事の業務停止、預金払戻停止の命令は、控訴人のみならず組合員たる被控訴人らをも拘束し、被控訴人らの裁判上および裁判外の預金返還請求権の行使を制限するものと解すべきである。

なぜなら本件業務停止命令は控訴人が一部組合員に対してなした不良貸付から業態、資産の悪化をきたしたためこれを整理するために発せられたものであり、控訴人および愛知県知事ともに業務再開を目的として整理を遂行しているものの、業務再開ができるか否か決められない状況にあることは報道等により公知の事実である。このことは、控訴人が解散等により清算される場合もあり得ることを意味し、いかなる事態になつても控訴人の資産を確保し、債権者の公平な保護のために発せられたものであり、また、控訴人と被控訴人らとは組合と組合員の関係にあつて一般的な権利行使の制限にはならないからである。

もし控訴人が右業務停止命令をもつて被控訴人らに対抗できないと解するならば、裁判外で請求した預金者には支払わずに、裁判上請求した預金者に対してのみ強制執行等の方法により債権を満足させることとなり、万一、控訴人が解散、和議、破産等になる場合を想定すれば、組合員間に著しく不公平な結果を招来し、本件業務停止命令を発した目的に反することになる。

二、被控訴人尾関鉦太郎、同山本建設株式会社の有する定期積金債権は、いずれも弁済期が到来していないから、右被控訴人らは預金払戻を請求することはできない。定期積金契約の約定には、控訴人がやむを得ない事情があると認めたときは、被控訴人らの解約に応ずる旨の定めがあるが、右被控訴人らにはやむを得ないと認める事情が存しないから、解約に応じられない。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一、被控訴人らが各自控訴人に対し、別表記載のような内容の預金債権を有することは当事者間に争がない。

そこで控訴人主張の抗弁について判断する。弁論の全趣旨および成立に争のない乙第一号証によると、控訴人は、中小企業等協同組合法に基づく信用協同組合であるところ、その監督官庁である愛知県知事より昭和四三年五月二七日協同組合による金融事業に関する法律第六条において準用する銀行法第二二条の規定に基づき、同日午前一〇時から組合の業務停止を命ぜられたこと、右命令書に明示されたところによると、業務停止命令の及ぶ範囲として新規業務のみならず、預金払戻の停止(利子の支払いを含む)まで命ぜられ、一方、業務停止命令の及ばない範囲として貸出金の回収(回収手段としての定期積金の受入を含む)等が列挙されているが、右業務停止の期間については何らの定めがないことが認められる。

ところで、協同組合による金融事業に関する法律第六条において準用する銀行法第二二条の趣旨は、協同組織により営む金融機関の業務の公共的性格に鑑み、預金者その他の債権者らの利益を保護することにより一般の信用を維持するため、主として金融機関の業務財産の内容が不良となつた場合、その財産保全のために監督行政庁の介入権を認めたものであることは明らかである。

従つて、同条所定の業務停止命令は、債権者なかんづく預金者保護の立場から、新たに金融機関と取引しようとする者の保護および資産の現状以上の不良化防止等を目的として発せられるものであるから、同条の趣旨、目的および役員が行政庁の命令に違反した行為につき罰則を設けていることから考えると、銀行法第二二条の規定による業務停止命令は、同法第一条にいう銀行業務に属する新たに預金の受入、金銭の貸付又は手形の割引をなす等、新規に債権債務を設定する取引行為の全部又は一部の停止を命ずべきものであつて、既存債務の弁済行為に当たる預金の払戻とか、貸付金の回収等既存債権の行使を停止したり、又その業務に属せざる行員給料の支払等日常行為をも禁止したりするものでないと解するのが相当である。要するに、金融機関が預金者に預金を払戻したりするがごときことは本来業務停止命令の範囲外の事項というべきであり、信用協同組合についてのみ異なる取扱をなす法律上の根拠はない。

本件についていえば、控訴人組合の所管行政庁である愛知県知事は、中小企業等協同組合法第九条の八所定の信用協同組合の行なう金融事業の全部又は一部の停止を命ずべきであつて、前示認定のように預金の払戻(利子の支払を含む)まで期間の定めなく全部停止を命ずるがごときことは、却つて被控訴人ら預金者の権利関係を永く不安定な状態にし、同条の目的とする預金者保護の趣旨に反する。のみならず、本件業務停止命令がたとえ、控訴人組合の解散およびその場合の清算過程における預金者に対する公平な分配等高次の公平観念から発せられたものであり、又組合財産の悪化による預金者の取付騒ぎ等を未然に防止する目的に出たものであつても、行政命令をもつて、いわゆる支払猶予令(モラトリアム)的命令を発することは、私権に対し重大な制限を加えるものであつて到底許されないものというべきであるから、本件業務停止命令中、預金払戻の停止(利子の支払いを含む)を命じた部分は、行政庁の権限外の行為として無効と解すべきである。それ故に、被控訴人らが控訴人組合の組合員であつても、右業務停止命令は、被控訴人らを拘束し私法上の権利である預金又は定期積金払戻請求権の行使を制限する効力を有するものとはいえない。

そうであれば、控訴人は本件業務停止命令の理由をもつて被控訴人らの本訴請求を拒否することはできないものというべきであり、控訴人のこの点に関する抗弁は失当であつて排斥を免れない。

二、次に被控訴人尾関鉦太郎、同山本建設株式会社の主位的請求である定期積金契約の期限前解約の当否について検討する。

成立に争いのない甲第一二号証の一、二、第一三号証の一、二、乙第四号証によると、控訴人組合の定期積金規定二項には、「この積金は、中途解約をいたしません。但し、当組合がやむを得ない事情があると認めたときは解約に応じ・・・・」と規定され、成立に争いのない乙第二号証の定額積金規約のごとく「但し本人に万止むを得ない場合のあつた時は此限りではありません」との規定の存しないことは明らかである。

そこで右被控訴人らは、控訴人の業務停止に至つた事情は、控訴人組合役員の刑事責任を伴うような放漫経営の結果生じたものであるから、預金者が中途解約を求めることは当然であり、右事情は定期積金規定にいう「やむを得ない事情」に相当するから、本訴において中途解約を告知する旨主張する。しかしながら、双務契約である定期積金契約に定める期限の利益は債務者である控訴人組合のためにもあることを考慮すると、右定期積金中途解約に関する「当組合がやむを得ない事情があると認めたとき」とは、控訴人組合において預金者本人につきやむを得ない事情があると認めたとき、組合の同意のもとに中途解約できることを定めたものであつて、控訴人組合が被控訴人ら主張のごとき理由により当然に解約に応じなければならない義務はないと解すべきところ、本件において他に被控訴人ら側に期限前解約のやむを得ない事情があること、又は控訴人組合において期限の利益を放棄したと認めるべき主張立証はない。従つて、右被控訴人らは控訴人の業務停止の一事をもつて期限前解約による定期積金の払戻を請求し得ないものというべきであるから、右被控訴人らの主位的請求(但し、被控訴人尾関鉦太郎については別表(11)の定期積金払戻請求部分)は採用できない。

三、そこで、右被控訴人らの予備的請求について判断する。被控訴人尾関鉦太郎、同山本建設株式会社の有する別表(11)(12)記載の各定期積金の満期日が昭和四四年八月三一日であることは、当事者間に争いがない。しかして、弁論の全趣旨に徴すれば、右被控訴人らが予め満期日到来と同時に右定期積金の払戻を求める必要があるものと認められるから、右被控訴人らがそれぞれ昭和四四年八月三一日限り右定期積金および満期日の翌日以降支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める予備的請求(将来の請求)は理由がある。

四、以上説示の次第であるから、当裁判所の右判断と結論を異にする原判決を変更することとし、被控訴人山本よし子、同山本弘、同野崎重治、同宇野茂、同西川清一、同尾関鉦太郎(但し別表(6) の定期預金および(9) の定額積金払戻請求部分)、同尾関冨士子、同荒川学の本訴請求(右被控訴人らの昭和四四年四月一一日付準備書面到達の翌日が同年四月一六日であることは本件記録上明らかである)並びに被控訴人尾関鉦太郎、同山本建設株式会社の予備的請求を正当として認容し、右山本建設株式会社の主位的請求および右尾関鉦太郎の主位的請求中別表(11)の定期積金払戻請求部分を失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条但書を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤淳吉 裁判官 井口源一郎 裁判官 土田勇)

別紙

預金の種類     預金額     支払日  利息の定め

(1)  定期預金 山本よし子    205,766円 昭和43年8月9日 5分6厘

(2)   同   山本弘      200,000円  同 年8月13日 5分1厘

(3)   同   野崎重治     610,135円  同 年11月27日 5分6厘

(4)   同   宇野茂      491,850円  同 年11月29日 同

(5)   同   西川清一     20,551円  同44年1月4日 同

(6)   同   尾関鉦太郎    20,981円  同日      同

(7)   同   尾関冨士子    20,000円  同 年3月4日 同

(8)  定額積金 西川清一     12,000円  同43年11月30日 なし

(9)   同   尾関鉦太郎     6,000円  同日      同

(10)  同   荒川学       3,000円  同44年2月28日 同

(11) 定期積金 尾関鉦太郎    36,000円  同 年8月31日 同

(12)  同   山本建設株式会社 816,000円  同日      同

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